2007年01月17日

12年前の1.17

チェリ〜


12年前の亥年、早朝の5時46分。
背中からドンッと突き上げられて、その後左右に揺れました。
まるでデコボコ道をトラックに乗って走っているようでした。
主人は息子と寝ていて、覆いかぶさっていました。
後ろを向くと、主人の枕の上に、タンスの上の段ボール箱が落ちてました。
私はベッドに寝ていた長女を、私のフトンに入れ、次女と3人で余震を感じていました。
間もなく、私は玄関にいる先代犬チェリーをベランダから見ました。
チェリーちゃん、どうしてたと思います?
クルクルクルと慌てて回っていました。「チェリー大丈夫だからね」と叫びました。

余震が落ち着いてきて外に出たら、数件先の古いアパートが斜めになっていました。
空からは黒い灰が舞っていました。
ご近所さんが携帯テレビを持っていたので見せてもらったら、三宮や阪神高速が落ちているのが見えました。目を疑いました。
電気は3時間後位に回復、水道やガスは1ヶ月程停まっていました。

当日は一つの部屋で家族5人で寝ました。すぐに飛び出せる姿で。
でも、一晩中、頭の上をヘリコプターが飛んでいて、あまり眠れませんでした。
ヘリの音は、怖かった。今でも怖い。

チェリ〜〜
翌日チェリーの散歩で公園に行きました。
公園の水道は出ていたので、そこで顔を洗いました。
まだ余震がひどいので、二日目の夜は近くにある総合病院のロビーに、毛布を持参して寝ました。
次の日の朝、家に帰るとご近所の方が『一晩中遠吠えしてたよ』って教えてくれました。外飼いだったけど、夜間に家に人がいないのがわかるんでしょうね。もう病院では寝ないよ。

主人の実家にお世話になる事に。もちろんチェリーも一緒です。
ただ、3階のベランダまで抱っこしてあげました。
散歩ではいろんな状況を目にしました。
いつも行く公園の野球グランドは、ヘリコプターが降りてくる場所になりました。
公園には自衛隊がテントを張りました。
散歩に行くと、休憩中の隊員の人がなでてくれたりしました。


シーズーが一匹で歩いてました。首にはリード代わりの、荷造りのひもがついてました。
どこからか逃げ出してきたのでしょうか。人の顔を見ながら、まるでご主人を探しているようでした。あの子、どうしたかな。。。

ちぇり〜〜〜


震災の事を書くことによって、被災者ぶってるわけではありませんが、一人一人それぞれの記憶があり、せっかくブログをしていて訪問して下さる方もいらっしゃるのだから、事実を書く事によって、記憶の隅にでも置いてくだされば…と思います。もちろん、もっとひどく被災された方もたくさんいるだろうし、知人や子供の学校の先生や、なくなられた方もたくさんいます。また、阪神淡路だけでなく、地震や津波や台風などの、自然災害を受けられた方も、たくさんいらっしゃると思います。そうでない方も、こういう事もあるかもしれない、と思っていただけたらいいかもしれませんね。

ニックネーム だいちゃき at 22:49| Comment(12) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
12年…。
ウチにとっての1・17はパパが独立(自営)するためにお引越しした日。
それなりに感慨深い日なのです。
神戸に比べりゃ〜被害も少なく
学校だって普通にあったし。
けど、テレビ・ラジオや交通マヒ…
異常な状態が『ただ事』でないことを
痛感したよ。
また、いつか起こる非常事態に
警戒を待たなきゃ行けないのに
日ごろの平和に安心しきってる。。(反省)
だいちゃきサンがその当時チェリーちゃんがいたように
今、起こればかいボンがいる。
自分たちの非常事態にも備えなきゃいけないし…
自分では何もできないかいボンのことも
もっと考えないとね。。(猛反省)
1・17は辛い日だけど
いつも私たちに警鐘を鳴らしてくれる。。。
今日はともかく…合掌…
Posted by かいmam at 2007年01月17日 23:36
12年前、突然の揺れとゴーと言う凄い音にまさか関西に地震・・・信じられない思いでした。
そして、2階の窓から外を見たら遠く西宮の方まで真っ暗で・・・

実際電気がついたのも昼過ぎで
水が汲める情報を聞いて帰ったのが夕方、テレビを見て神戸が燃えている映像に信じられない思いをしました。

私の町でも家の倒壊、斜めになっているビル・・・
只、会う人会う人がそれぞれに相手の気遣いが見にしみて、情報を貰い
助け合って人の暖かさも身にしみました。

だいちゃきさんの言われるとおり
過去の事と風化させずに、これからの教訓として忘れないようにしたいとおもいます。

先代犬のアニーは3歳、前夜も後も
あんまり分かったなかったようですが・・・
Posted by シャロンまま at 2007年01月18日 01:11
アリガトかいmamさん
12年前のその日はかいボン家にとって、記念すべき日なんだね。
12年ってすごく昔の様に感じるけど、
今考えるとはっきりあの情景が目に浮かぶし、
でも遠い過去のようにも思うよ。
避難所になってる学校の校庭にワンコがいたり、
避難所に行けないから車で寝てるっていう人もいました。
もし今、って考えると、最低でも食料は確保してなきゃいけないよね、もちろんワンコのだよ。人間のはどうにでもなるんだもん!
「何かあったら」って考えるだけでも、いざという時には間に合うと思うよ。

アリガトシャロンままさん
シャロンちゃん地方も揺れてるよね。
先代のアニーちゃんはあまり感じなかったのかな?
アニーちゃん、3才だったんだね。
実はね後から考えると、いつもは吠えないチェリーが2日前に異様に遠吠えしてたんだよ。何か感じてたのかな?
被災して辛かったのは水汲みだよね。戦時中かと思うくらい並んだわ。でも、知らない人同士でも「がんばろうね」って言い合えてた。後から聞くとそれなりに事件もあったようだけど、少なくとも私の周りでは温情が身に染みましたよ。
Posted by だいちゃき at 2007年01月18日 21:20
だいきゃきさんのお話はとっても辛いお話だけど絶対に風化させてはいけない事だと思います。
だからやっぱり出来るだけ体験者のお話はこうした場所でするべきだと私は思います。
昨日は一日FMでも震災の事、防災の事取り上げてました。
日頃何気なく暮らしているからこそ、危機管理が薄れてるからこそこうした機会に少しでも危機管理を持って過ごさなくてはと感じました。
ただ被災者の方の心のケアは置き去りに去れているようでちょっと心配でした。
12年なんかじゃあの時の恐怖心はぬぐい去られる物じゃないですよね。
震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
Posted by バジルママ at 2007年01月19日 00:17
こんにちは。こちらでは初めまして。松宮加奈と申します。
だいきゃきさんのお話は、私も風化させてはならない、貴重なお話しだと思います。でも、皆様とにかく助かっておられてよかったです。

松宮丁度今週末から神戸に参りますので、観光だけでなくそういう面もきちんと見てきたいと思っています。
松宮の父は某建設会社の顧問でしたので、会社の方とあの後神戸の再建の視察に行ったのですが、まだどここかしこも建物が歪んでいて、東京に帰ってきても、平衡感覚が狂っていてまっすぐに歩けない、と話しておりました。
偶然にも沢の鶴の東京本社が会社の近くにありますので、被害の凄さが訊き伝わってきておりましたし、その後神戸の市役所に、神戸在住のクライアントのために謄本を取りにいったこともあるのですが、いつ訪れても、焼けてなくなっている謄本が非常にあって、その為に困っている方や相談に訪れる方が未だにいらっしゃるのが見ていて判るのです。役所の方とその方達の話を傍らで訊いていて、体験された方々にとってあの震災はまだまだ終わっていないんだなあということを行くたびに感じました。

…松宮にとってはあの年の3月20日に地下鉄サリン事件が起こり、日比谷線神谷町駅であの電車に乗り合わせてしまい奇禍にあってしまったという体験で、複雑な気持ちになる年です。

本当、もう12年、でもまだ12年なんですよね。
震災で亡くなられた方々の、ご冥福をお祈り致します。

Posted by 松宮加奈 at 2007年01月19日 08:13
12年前、この地震を知ったのは、朝のTVでした。
そして、都内で仕事をしていた私ですが、近畿支部で働く職員の方が1人亡くなられたという報告を、職場で耳にしました。
それから、本部勤務の私は社内新聞の仕事をしていたのですが、今でも訃報記事を印刷所で公正したのを覚えてます。
今まで話をした事無かったですが、なんとも言えない空しさを感じてました。
他にも、支援の為、現地に入ったスタッフ達からの報告など仕事を通じ、現地の事など色々聞いていました。
被害者の方々の苦労は、間接的にしか感じていない私達には計り知れないものがあると思いますが、それでも助かった人達の人間の強さを感じさせられたものです…。
12年経ってもまだ、あの地震が終わってない方も沢山居るんでしょうね…。
地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します…。
Posted by すけねえ at 2007年01月20日 00:29
この日、TVのニュースで地震を知って、本当にこれが日本に起きていることなの?!って呆然としました。
本当に被災された方々には、大変でしたね、なんて言葉ですむものではありません。。。
関東も必ず起きるといわれています。
日ごろから備えてはいるつもりだけど、その時になったらわからない。。。
でも必ず、うちの子たちは守ってあげなきゃ。

震災で亡くなられた方々の、ご冥福をお祈り致します。
Posted by ゆずママ at 2007年01月20日 20:13
だいきちたちが、ひどく自然災害とひもや怖いご近所などをドンッしないはず。


Posted by BlogPetのだいきち at 2007年01月23日 13:11
⊃`ノ 二 千 ヮ...φ(´ー`*)

12年前にもなるんですね。
こっちも、ジットしていてだいじょうぶか?って位揺れを感じました。
TVで見た風景は信じられなかったです。東海地震もいつきてもおかしくないんだよね。

災害はこないでほしいですね。
Posted by ちゃあちゃん at 2007年01月23日 17:36
次項有バジルママさん、松宮加奈さん、すけねえちゃん、ゆずママさん、ちゃあちゃんさん。
お返事遅くなってすみません犬(泣)
遠い地でも揺れを感じた方や、知人が被害に合ったという方も多いのでしょうね。
災害は一瞬なのに、12年たった今でも、やっと、全壊のマンションが建て直しの方向で住民の意見が整った、というニュースもありました。
前のローンもあるのに、又新たなローンをかかえてる人も多いです。

うちは外壁は塗り替えして、ひびだらけの姿は外からは見えないけど、家の中は隅っこなどひび入ってるままです。リフォームとなるとドッカーンとお金が必要になりますからね。
家の中では飛んだり跳ねたりは極力しない我が家です。

地震はどこにでも起こりうるものだから、気持ちの中だけでも、心構えがあると心強いと思います。
コメントありがとうございました。
Posted by だいちゃき at 2007年01月26日 21:35
久しぶりに来て良い記事を見せていただきました
12年。「もう12年か」と、言う気持ちと「まだ12年か」と言う気持ちが交差します。私の親戚も兵庫には何件か有りますが宝塚の親戚には被害がありました。1件は全壊、1件も一部補修。幸い人は無事でした。

大阪でも経験の無い揺れを感じ何が起こっているか理解するのに時間が掛かった事を思い出します。
夜電気を全て消して眠る私はそんな中「何か落ちてくるものは無かっただろうか?」と壁にかけてあるリースが激しく揺れて壁をこすっている音を聞きながら考えていました。

忘れてはならない事だと思います。
ルミナリエが有る事で毎年「○年目」って再認識は出来ますが、やはりだいちゃきさんの様に実際その地に居た方のお話を聞ける事の方が重みを感じる事が出来て有りがたいです。
思い出させてくれて有難うございました。
Posted by しおぴー at 2007年01月29日 09:26
アリガトしおぴーさん
レス遅くなってすみませんたらーっ(汗)
しおぴーさんの身近にも被災された方がいらしたんですね。一部損壊や半壊なら補修もきくでしょうが、全壊はきついです。ご親戚の方はどうされたのでしょうか?
まだまだ続いてる震災。日本のあちこちでも仮設住宅にいる方もいらっしゃるでしょうね。
あの数週間はまるで戦時中だ!と思ったのは私だけではありませんでした。すれ違う人と「がんばろうね」って言い合いました。

だから野球ファンだった我が家にとって、オリックスブルーウェーブの【頑張ろう神戸】はとても心に染みました。
Posted by だいちゃき at 2007年02月02日 22:53
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